ColumnTAPコラム
「学びの芽はどのように生まれるのか
―意味づけと変容的学習の視点から―」
光川 鷹
TAPセンターの指導スタッフによるコラムを毎月掲載していきます。
日頃、TAPのプログラムや学生スタッフとのふりかえりを行うなかで、学びとは何だろうと考えることがあります。活動後に話を聞いていると、「あのときはこういうことだったのか」、「次はこうしてみたい」といった言葉に出会うことがあります。その瞬間、その人の中で経験が何らかの形で整理され、新たな意味を持ち始めているように感じます。一方で、同じように活動し、同じようにふりかえりを行っていても、そうした言葉がなかなか生まれないこともあります。その違いはどこにあるのでしょうか。
学びというと、授業や研修のような場面を思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし、実際には日常の中にも「なるほど」と思う瞬間は数多くあります。誰かとの会話に考えさせられたり、うまくいかなかった出来事を振り返ったり、本の一節に立ち止まったりすることもあります。そうした経験を思い返してみると、学びとは必ずしも新しい知識や技術を身につけることだけではなさそうです。むしろ、「これまでとは少し違った見方ができるようになった」と感じることも、学びの一つなのではないでしょうか。
そんなことを考えていたとき、近頃関心を寄せているジャック・メジローの変容的学習論に出会いました。変容的学習論では、学習を単なる知識や技術の習得として捉えません。私たちが当たり前だと思っているものの見方や考え方、価値観といった枠組みそのものが見直され、変化していく過程を学習として捉えています。メジローは、このようなものの見方や考え方の枠組みを「準拠枠(Frame of Reference)」や「意味パースペクティブ」と呼びました。例えば、これまで当然だと思っていた考え方が自分の失敗や葛藤によって揺さぶられたり、自己吟味を通して新たな見方を獲得したりすることがあります。そのように、自らの前提を問い直しながら見方そのものが変わっていくことが、変容的学習の中心的な考え方です。この考え方に触れたとき、私が感じていた疑問が少し整理されたように思いました。学びとは、経験そのものによって生じるのではなく、その経験をどのように理解し、解釈し、自分との関係の中で意味づけていくかによって生じるのではないか。そう考えたとき、改めて「意味づけ」という営みに関心が向いたのです。
では、人はどのようにして経験を意味づけているのでしょうか。その手がかりとして考えたいのが、「Sense making」と「Meaning making」という二つの概念です。どちらも日本語では「意味づけ」と訳されることがありますが、その役割には少し違いがあります。
Sense makingとは、「何が起きたのか」を理解しようとする営みです。なぜそのような結果になったのか、自分は何を感じていたのか、その場で何が起こっていたのかを丁寧に振り返りながら、経験を理解しようとします。言い換えれば、経験という事実の解像度を高めていくプロセスです。
一方でMeaning makingは、その経験を自分自身と結びつけていく営みです。この経験から何を学ぶのか、これからどのように行動したいのか、自分にとってどのような意味があるのかを考えながら、経験を自らの価値観や生き方の中に位置づけていきます。
活動後のふりかえりを思い返してみると、「今日はこんなことがあった」と出来事を語るだけで終わる場合もあれば、「だから次はこうしてみたい」と次の行動にまでつながる場合もあります。その違いは、この二つの意味づけの深さにあるのかもしれません。
学びとは、経験そのものの中にあるのではなく、経験を理解し、その経験を自分自身と結びつけていく過程の中から立ち上がってくるものなのではないでしょうか。
このように考えていくと、どのような体験が学びにつながるのかということが重要であるように思えてきます。これについてメジローは、そのきっかけとして「ディスオリエンティング・ジレンマ」を挙げています。自分の予想や前提が通用せず、戸惑いや違和感を覚える経験のことです。「なぜうまくいかなかったのだろう」、「なぜ、このようなことに目を向けてしまうのだろう」、「なぜ、いつもこのような考え方をするのだろう」など。こうした問いが生まれたとき、人は経験を理解しようとします。自分の身に何が起こったのかを見つめ直し、その出来事を説明しようと試みます。これは、前述したSense makingの過程と言えるでしょう。そして、その問いは「この経験は自分にとってどのような意味があるのだろう」という問いへとつながっていきます。経験を単なる出来事として終わらせるのではなく、自分自身の考え方や行動と結びつけながら捉え直していくのです。ここにはMeaning makingの営みを見ることができます。私自身、体験学習に惹かれるのは、自分の枠組みが揺さぶられ、これまでとは異なる世界の見え方に出会えるからなのかもしれません。
実際に、プログラム後の学生とのふりかえりで私が学びの兆しを感じるのは、「楽しかった」という言葉よりも、「もう一回やりたい」、「やり直したい」、「リベンジしたい」といった言葉を耳にしたときです。もちろん、「楽しかった」という感想も大切です。しかし、「もう一回やりたい」という言葉には、それとは少し異なる意味が含まれているように思います。そこには、「なぜうまくいかなかったのだろう」と何が起こったのかを理解しようとする姿勢があります。そして、その経験を踏まえて「次はこうしてみたい」と未来の行動を思い描く姿があります。言い換えれば、その人は単に体験をしただけではなく、その体験と向き合い、自分なりの意味を見出そうとしているのです。そう考えると、「もう一回やりたい」という言葉は、単なる悔しさや負けず嫌いの表れではありません。経験を理解しようとする営みと、その経験を次の行動へとつなげようとする営みの両方が含まれた言葉のように思えます。だからこそ私は、その言葉に学びの可能性を感じるのかもしれません。学びとは、新しい知識を得ることだけではなく、自分の見方や行動を少し変えてみようと思えることなのではないでしょうか。そして、その変化のきっかけは、経験そのものではなく、その経験をどのように意味づけるかの中にあるように思います。
こうして考えてみると、学びとは体験の中にあるのではなく、その体験から生まれた問いと向き合い続けることなのかもしれません。だからこそ私が大切にしたいのは、「うまくできたかどうか」ではなく、その経験を通してどのような枠組みの変容が生まれたかということです。「悔しい」「もう一回やりたい」「次はこうしてみたい」。そんな言葉が聞こえてくるとき、その人はすでに次の一歩を踏み出そうとしているように思います。学びとは、何かを知ることだけではなく、新たな一歩を踏み出そうとする自分自身に出会うことなのかもしれません。
<参考文献>
ジャック・メジロー著、金澤睦、三輪建二監訳『おとなの学びと変容 : 変容的学習とは何か』鳳書房、2013年
常葉-布施 美穂「変容的学習―J. メジローの理論をめぐって」赤尾勝己編『生涯学習理論を学ぶ人のために』世界思想社、2004年、87-114頁
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