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2019.7.31

勝利に対して、献身的に、粘り強く、泥臭くありたい
そのためにチーム力を最大化して、同じ方向をめざす

1998年悲願のワールドカップ初出場を果たした日本代表の主力選手で、Jリーグの鹿島アントラーズ、東京ヴェルディ、川崎フロンターレなどで活躍。現在FC町田ゼルビアを率いる相馬直樹監督は、就任2年目にしてJ2昇格、昨シーズンは過去最高の4位という好記録をおさめ、ゼルビアは今シーズン、サポーターはもちろん、各方面からJ1昇格に熱い期待が寄せられています。相馬監督が考える「チームビルディング」についてうかがいました。

チームスポーツであるサッカーにおいて、勝者の集団となるために最も必要なこと。それは、チームとしての力を最大限に高めることに尽きると思っています。そのためには、チームが同じ方向を向いて戦うことが大前提です。そうした大前提があったうえで、チームが一つの目標に向かって突き進む矢印がより大きく、より太くなるような作業を繰り返すことでチーム力は最大化していきます。
ただ単純に皆が同じ方向を向けばすべてが解決するという話ではありません。「皆がその方向に向かっているからそっちへ行こう」という考え方で同じ方向を向いたとしても、チームが苦しい状況に立たされた時、それは頼りにはなりません。例えるならば、チームを構成する選手が自らの力で船を漕ぎ、一人ひとりの力を合わせて、全速力で船を漕がなければ、チームの最大値を引き出すことはできません。
また、試合中に起きる問題やシーズンを戦う中で直面する困難を乗り越えるためには、選手一人で解決できることには限界があります。どれだけチームを構成する選手の一人ひとりが、チームの勝利に対して、献身的に、泥臭く、粘り強くできるのか。どのチームも必死に戦う中で、われわれが抜きん出た存在になるためには、そういった意志がとても重要です。

コミュニケーションの質を確認して、チーム力を培う

グループワークの一コマ。あるひとつの課題が提示され、グループ単位での解決を求めるアクティビティ。課題をすみやかに解決に導くためには個々の意見表明や話し合い、協力が不可欠となる

ゼルビアは、選手たちが常に一つの、同じ方向を向いたチームをつくっているという評価をいただくことも多いのですが、そうした〝チーム力″がクラブの文化や空気感として周囲から認められつつある要因は、TAP(Tamagawa Adventure Program)の存在を抜きにして語ることはできません。チームを構成する選手たちが、毎年3分の1程度入れ替わる中でも、同じ方向を向いて戦う集団としての強みを発揮するチームづくりができている要因は、2010年から継続的に活用させていただいているTAPの存在があるからです。
2019年の今年は、シーズンが始動した1月中旬とキャンプから町田に戻ってきた2月中旬に、TAPの活動を取り入れました。例えば、シーズンが始まったばかりのタイミングでは、私自身もまだ新加入選手のキャラクターを完全に把握できているわけではありません。そういった段階でTAPのグループワークを選手たちに実践してもらうと、それまではうかがい知れなかった新加入選手のキャラクターを知ることもできます。
また昨季まで所属していた選手がチームを去ったことによって、グループとしてのパワーバランスが変わるのも往々にしてあることですが、新チームのパワーバランスの把握や、チームとしてのコミュニケーションの質はどうなのか。トレーニングや日々接している中では見えてこないことを知る意味でも、われわれは助けてもらっています。アクティビティを通して現在のチーム状況を把握し、そこで知り得たことを、その後のチームづくりに生かすことができるため、TAPは重要な役割を担っています。

課題解決で求められるのは「気づき」と「共有」

アクティビティの間、相馬監督は各グループを歩いて回る。選手たちの様子を見守り、声をかけ、ときにはメモを取る姿も

例えば、選手たちがTAPのグループワークに取り組んでいる時、私はさまざまな視点で観察するようにしています。誰がリーダーシップを取っているか。誰がそのグループワークから少し関わらないようにしているのか。そうした関わろうとしていない選手に誰がどうアプローチするのか。課題解決で行き詰まった時に、そのグループはどうしているか。行き詰まった時にモチベーションを落としている選手、なんとかもがこうとしている選手、その中でもリーダーシップを取った選手は誰か。リーダーシップを取る選手に対して、強力なフォロワーになれる選手がいるのか……など。そういったことを確認できる局面が来たら、できる限りジーッと行く末を見守っています。TAPのグループワークの中で起きることは、サッカーのトレーニングや試合でも実際に起こり得ることです。その意味で言えば、TAPの活動はサッカーで起こり得る課題を解決するうえで、大きな役割を果たしています。
実際にピッチ上で戦うのは選手たちで、私を含めたコーチングスタッフは、ピッチにはいません。もちろん試合中にベンチから指示を出すことはできますが、冷静に試合を見ていると言っても、ピッチ上で起きている全てのことは見えませんし、ベンチから見えていることと、選手たちが実際に体感していることは、必ずしも一致するとは限りません。実際にわれわれコーチングスタッフが課題解決に向けたアイディアを直接選手たちへと提案できるタイミングは、前半と後半の間にあるハーフタイムの時ぐらいです。
ピッチ上で起こっている課題や困難に直面した時、実際にピッチで戦っている選手たちだけで問題を解決できる糸口を見つけて、それを誰かが発信し、発信した選手をフォローする選手が現れ、チーム全体で課題を共有し、解決するための行動を起こす。まずは大前提として、選手個人やチームが実際に起きている課題や難題に気づくことが必要です。TAPを通して、その〝気づき″を選手たちが共有し、選手間でのコミュニケーションが課題解決へとつながることもありますから、TAPはチームづくりをするうえで大いに役立っています。

役割分担と協力、練習と工夫で「改善」へ
1 設計図通りにボードを組み立てる「サイクルタイム」。メンバーは設計図を見られる指示役の言葉だけを頼りに行動する
2 ボードは切れ込みがあり、置く順番を間違えると完成しない。長い順にボードを重ねて計測スタート。完成までの早さを競う
3 課題シート。練習を重ね、当初数分を要したグループが11秒で完成させるまでに

同じ方向を向いてさらに上をめざすために

チームを預かる現場の長として、私自身が最も大事にしていることは、「決してブレないこと」です。私は選手たちに付いてきてもらう身なので、付いてきてもらう人たちを迷わせるようなことはできません。無我夢中の境地で選手たちをピッチに立たせなければ、勝負事に勝つのは難しくなりますから。
そしてチームをマネジメントするうえで、大事なのはコーチングスタッフの存在です。コーチングスタッフが一つの、同じ方向を向いて仕事をしなければ、チームづくりは立ち行かなくなります。今年で二度目の監督就任から6年目になりますが、信頼の置けるコーチングスタッフの存在があるからこそ、ここまで私がゼルビアの監督を続けさせてもらっていると言っても、過言ではありません。
あらためて日々のトレーニングのことを思い返すと、コーチングスタッフは大変だなと思いますよ(笑)。当日の朝までトレーニングの中身は決まっていませんからね。例えば、「今日はコレかコレをメインにしようと思っているけど、あとは当日の選手の顔を見て決めます」なんてことは日常茶飯事。練習当日に選手たちの顔を見たうえで、「今日はコレをメインにするので、それに合わせたウォーミングアップをお願いします」と、その場で決めることも多いです。ある意味私のわがままを体現するために、コーチングスタッフがハードワークをしてくれていることに対して、感謝の念は絶えません。
〝チームは生き物″とはよく言ったもので、長いシーズン、良い時期も悪い時期も訪れるように、チームにはバイオリズムがあります。わずか1試合や1日でいろいろな局面や困難に直面することもありますから、自分自身がブレないこと、そして信頼の置けるコーチングスタッフの存在は、チームをつくるうえでとても重要なことだと思っています。
最後に今年のゼルビアについて、触れさせてください。今年のゼルビアはJ1昇格を目標に掲げ、42試合という長丁場のシーズンを戦っています。昨年はクラブ史上最高順位である4位に入ったことで、ほかのチームからもマークされる存在になりますから、私自身もこれまで以上にブレない強さを持って突き進まないと、困難は乗り越えられないと思っています。目標であるJ1昇格は、大変なチャレンジです。ただTAPの文字の一つを形成している「ADVENTURE(アドベンチャー)」ではないですが、困難を乗り越える過程を楽しみながら、最後まであきらめずに、目標達成に向けたチャレンジを続けていきたいと思っています。

聞く耳を持つことの大切さを実感しました

普段とは違った環境の中で、皆と楽しくいろいろな角度からコミュニケーションが図れたことでチームメイトの新たな一面を発見することができましたし、有意義な時間を過ごせました。グループワークでは、少数派の意見を取り入れてみたら面白い展開になりました。人の意見に対して、聞く耳を持つことの大切さを実感することができました。

井上裕大 選手
MF 背番号15
2016年加入。
2017年選手会長に。
2018年よりキャプテンをつとめる
僕たちの強みはチームワークだと再認識しました

TAPのグループワークを通して、自分たちの強みはコミュニケーション力やチームワークだということを再認識しました。また困難な状況に直面した時に、チームの皆で声を掛け合いながら、前向きなトライを続けることで道が開けることも痛感しました。真剣に物事に取り組む中、前向きであり続けることの重要性を肌で感じることができました。

端山(はやま)豪 選手
MF 背番号7
町田市成瀬台小学校出身。
2019年よりゼルビアに加入

profile

相馬直樹
Naoki Soma

1971年静岡県生まれ。早稲田大学卒業後、鹿島アントラーズ、東京ヴェルディ、川崎フロンターレなどでプレー。元日本代表。2005年に引退。日本サッカー協会公認S級ライセンスを取得ののち、2010年FC町田ゼルビア、2011年川崎フロンターレなどで監督をつとめる。2014年から再びゼルビアの監督に就任。チーム発足からの悲願であるJ1昇格をめざす

出典:全人2019年6月号
文=郡司 聡 写真=秋山まどか

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