ColumnポストコロナとTAP
ポストコロナとTAP(最終回)
工藤 亘
TAPスタッフが短期集中コラムとしてコロナ禍の教育の実情と課題について提言します。
ポストコロナとTAPの使命
コロナ禍において我々に問われているのは「コストをかけてでも、対面で、人が集い、出合うことの意味」(東洋館出版社編「ポスト・コロナショックの学校で教師が考えておきたいこと」東洋館出版社、2020年、pp.52-53)であると指摘されています。
オンライン授業での学びが、対面授業での学びと同等であるならばわざわざコストをかけなくてもよいということになります。筆者はこれに対して、「オンラインでは学べない価値や学びを提供しているため、コストをかけてでも、対面で、人が集い、出合うことの意味がある」と考えています。例えば、仲間同士の励まし合いや競い合い、先生からの人格的な影響、準拠集団としての学級からの影響、言語化はしにくいが非認知能力の獲得等々・・特に非言語的行動(プロクセミックス:対人距離・空間関係の使用、体の動き、表情、視線、接触、近言語、クロネミックス、臭覚作用、人工物)や集団性が伴う活動には意義と価値があると信じてTAPを実践しています。
「教育と医学」編集後記2020年7・8月(池田浩)より
学習すべき知識を習得するだけであれば、オンライン授業は大きな効果を持っています。しかし、リアルな学校という場が持つ意義は、それだけではありません。子どもたちは、先生とやり取りをすることで理解を深めるだけでなく、学級集団という多様な子どもたちと共に学ぶことで、視野を広げ、意欲を高め、そして社会性やコミュニケーション能力などの非認知能力を育む機会になっていました。かつて、グループダイナミックスの生みの親であるクルト・レビンは、集団で起こりうるダイナミックスな現象は、個別の要素だけでは還元できず、個と個が互いに影響を及ぼし合う「心理的な場」によって作り上げられるとして『場の理論』を提唱しました。改めて、子ども同士が刺激し合い、そして学び合う「場」の存在の重要性に気づかされます。(下線部は筆者加筆)
レビンの場の理論では行動は人とその環境との関数であり、人と環境は相互依存の変数でもあると考え「B=f(P,E)」と表しています。B(Behavior)は行動、P(Personality)は性格、E(Environment)は環境。この場の理論をアドベンチャー教育に応用し、行動をアドベンチャーに置き換えると、その出現率は自身の性格や周囲の環境(C-zone)によって影響を受けるということになります。
場の理論を基底にしたのがアドベンチャーの理論であり、公式を「A=f(P,C-zone)」とします。AはAdventure(アドベンチャー)、PはPersonality(個性・性格)、C-zoneはComfort-zoneの略(安全な領域)。
アドベンチャーを促進する要因は、個人の性格とC-zoneの掛け合わせであり、アドベンチャーを繰り返すことで人間的な成長につながり、さらにC-zoneが拡大するのです。TAPでは成功体験や失敗体験を人間的な成長の要素とし、試行錯誤を繰り返すことを尊重するため、図ではあえて一直線ではなく螺旋状で表現します。
<神なき知育は、知恵ある悪魔をつくることなり>
月刊先端教育6月号2020 Vol.8では「オンライン教育-方法・サポート・制度-」を緊急特集し、以前、TAPの研修や授業を一緒に展開したことのある藤原和博氏(元杉並区立和田中学校校長)が巻頭言を記載し、松田孝氏(元多摩市立愛宕小学校校長)はインタビューを受けていました。
藤原氏は「アフターコロナのオンライン教育の最大の魅力は、自分に合った『師匠』に出合うチャンスが世界に広がること」とし、さらに「みんな一緒に仲良く元気よく」の時代はもう終わり。オンラインでバラバラに学ぶ新しい時代に大きな可能性を感じています」と記しています。松田氏はICT利活用教育推進のためには、従来の指導法からのパラダイムシフトと教師の意識変容が必要と提言しながらも、子ども達同士の関わり合い、教師と子どもとの関わり合いによって豊かな関係性が構築されると指摘しています。
新型コロナウィルスの影響でオンライン教育の急速な広がりを受け、GIGAスクール構想の重要性が高まっています。GIGA (Global and Innovation Gateway for All)スクール構想とは、Society 5.0時代を生きる子供たちにとって、1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子供を含め、多様な子供たちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現することです。これまでの我が国の教育実践と最先端のベストミックスを図ることにより、教師・児童生徒の力を最大限に引き出すことを目指しています。
現在はデジタル手法で知識生産が行われ、知識の拡散がデジタル・ネットワークを通じて行われるデジタル知識時代です。デジタルによる知識生産は従来に比べると飛躍的に速く、知識伝達も高速になっている分だけ知識の新陳代謝も激しいのです。
玉川大学は能率高き教育を目指し、2004年に全学共通のネットワークシステムである「ブラックボード」(Bb)を開始し、教育のデジタル化として活用しています。玉川学園ではCHaT Netを利用していますが、デジタルシチズンシップ(社会の一員としての規範を備えつつ、デジタル機器の誤用・悪用を防止し、利便性を享受する市民権のこと)に相応しい形で推進していくべきであり、道徳観、マナー・ルール・モラルの教育も忘れてはならないのです。TAPの活動規範の一つに「Play Fair」があり、アクティブ道徳教育研究でもこれらの教育にも貢献しています。
<反対の合一・ハイブリット化>
コロナ禍において企業の働き方が著しく変化したことを踏まえ、オンラインでの授業や企業向けプログラムの開発が求められています。しかし、TAPの根幹である“体験学習”は普遍的であり、教育界や企業が求めているTAPの研修は直接体験をしながら学ぶ醍醐味なのです。オンライン・オフラインを統合した高度な学びの機会の創出にも対応しなければなりません。オンラインは知識伝達型には適していますが、他者の存在が重要であるPBL(課題解決型学習)では空気間が伝わりにくいため限界もあります。
オンラインプログラムの開発(流行)は今後の社会情勢に対して必要不可欠であり、TAPとしてもプログラム開発を模索していく必要があります。オンライン教育とリアル教育のハイブリット化がポストコロナの教育になっていくかもしれません。
テレワーク等でデジタル化・合理化される一方で、アナログで直接的な対面でのやり取りの必要性は不易であり、そのニーズはより一層高まると推測します。
敢えて言わせて下さい!教育は人なり!教師の人格に触れ、畏敬や尊敬を感じてはじめて教育が効果的になると!多様な価値や仲間に触れ、試行錯誤の積み重ね(アドベンチャー)で豊かな人間が形成されると!!TAPの使命はそこにあると!
「私学の教育の使命とは、建学の精神を原点として、どんな時代にあっても社会に求められる人を育て送り出すことにあります。自らの視点を持ち、最善の選択をし、挑戦する-それが過去と現在をつなぎ、未来を拓いていくのだと考えます。解答のない課題ではありますが、そのために私たちもまた、生涯学び続けることが求められ試されているのです。」(小原芳明「教育の使命」玉川大学出版部、2019年、pp.4-5)
Jeanie Duck(2001)は、改革を妨害したり、かき回したりする人間的・心理的な要因の総称を「チェンジモンスター」と呼びました。人は慣れ親しんだ自分たちの行動パターンを変えることは心理的にも負担が大きい・変わるプロセスはコストが伴う・変わることのメリットは確実なものではないため変化に抵抗するのです。チェンジモンスターを退治するには、改革に伴う感情・行動上の問題に対する感性を磨き、進んでそのような問題に対応する心構えが必要と指摘しています!
ポストコロナでは、既存の価値やそれまでの方法に縛られず、新たなツールを使いこなす等のパラダイムシフトが必要かも知れません。(自戒を込めて!)
今回を含む計6回のコラムでは、新型コロナウィルスの影響により、長期の休校措置から通常登校が再開された学校現場の実情や課題等を取り上げ、特別活動や生徒指導を踏まえたTAP的な視点で捉えてみました。先も見えず、正解のない課題に対して我々のコラムがどのように影響するかは未知数ですが、ご覧になった方の刺激やヒントになっていれば幸いです。今、まさに大人や子どもにもResilience(困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力)やNegative capability(どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力)が求められているかもしれません。
TAPの新たな役割を模索し、流行と不易のハザマの中で・・(短期集中コラムを閉じます)
工藤亘
私たちの活動内容や研究について、
またこのサイトに関するお問い合わせは
以下よりお願いいたします。