ColumnTAPコラム

2021.10.28

『より良い社会のための「他者の靴を履く」という行動を考える』

永井 由美

TAPセンターの指導スタッフによるコラムを毎月掲載していきます。

TAP(Tamagawa Adventure Program)を行う上でファシリテーターの参加者理解は非常に重要である。対象が誰であったとしても私たちは常に参加者の理解とともに、グループの様子を見ながらファシリテーションをしている。ファシリテーションを行うにあたり、評価的に操作的にならないように、常に指導的にならないように、個人を尊重することなど様々なことを意識しながら行っている。授業やプログラムの中ではファシリテーターの自分が想像する通りに目の前の参加者が行動することばかりではない。ファシリテーターの私は楽しみながら一生懸命に課題解決のアクティビティに取り組んでほしいと常に思っている。しかし、いつも参加者が楽しみながら一生懸命取り組むとは限らない。このような自分が思い描く授業風景や参加者のポジティブな姿とは反対のことが起きることがある。そんな時ファシリテーターはより自分の思考の枠を越え、思い込みを捨て、見方を変えファシリテーションしていくことがもとめられるとずっと考えてきた。
日常生活においても、自分とは意見が異なる人、自分とはタイプが違うと思う人、この人はなんでこうなのだろうと理解できず否定的に捉えてしまう相手、はたまたこの人苦手と思ってしまう相手、この人のこと嫌いとまで思ってしまうことなど、人と関わって生きているといつも自分の性格と合う人ばかりとは限らず誰もが自分とは違う人とともに生きている。 このようなことを考える中で、ブレイディみかこ氏の「他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ」という本に出会った。この中で重要視されているエンパシーに関して、とても共感をした。この本の中で書かれているように、エンパシーという言葉と似たシンパシーという言葉がある。エンパシーの重要性を理解するためにもここでも説明しておきたい。『Oxford Learner’s Dictionaries』のサイトoxford learnersdictionaries.comにはエンパシーとは、他者の感情や経験などを理解する能力とある。シンパシーとは、①誰かをかわいそうだと思う感情、誰かの問題を理解して気にかけていることを示すこと。②ある考え・理念・組織などへの支持や同意を理解して気にかけていることを示すこと。③同じような意見や関心を持っている人々の間の友情や理解とある。エンパシーとシンパシーが何を対象として使われる言葉なのかをみても違いがはっきりとしてくる。エンパシーは、ただ「他者」を対象として使用し、制限や条件がない。これに対しシンパシーは、相手がかわいそうな人だったり、問題を抱える人、考えや理念に支持や同意できる人など同じような意見や関心を持っている人というような条件がある。つまり、シンパシーはかわいそうだと思う相手や共鳴する相手に対するこころの動きや理解やそれに基づく行動であり、エンパシーは別にかわいそうだと思わない相手や必ずしも同じ意見や考えを持っていない相手に対してもその人の立場だったら自分はどうだろうと想像してみる知的作業のことを意味する。ブレイディさんの息子さんが、通っているイギリスの学校での「ライフ・スキルズ」という授業のテストで「エンパシーとは何か」という問題が出題され、ブレイディさんの息子さんは「自分で誰かの靴を履いてみること」と答えたそうだ。このようなエピソードからもこの本のタイトル「他者の靴を履く」となったのだろう。
「自分で誰かの靴を履く」という言葉を英語にすると「To put yourself in someone’s shoes」である。この英語を日本語に直訳すると「自分を誰かの靴に置く」である。ここでのShoes(靴)は「立場・状況」という意味合いで使われている。よって、相手の靴を履いてみるということが「他者の立場になって考える」という意味である。
エンパシー(他者の立場になって考えてみる)を働かせる相手は別にかわいそうだと思わない相手、必ずしも同じ意見や考えを持っていない相手に対してもと書かれている。つまり、「To put yourself in someone’s shoes」の「someone(誰か・他者)」は「相手が誰であろうと」と解釈できる。また、必ずしも同じ意見や考えを持っていない相手に対してという視点から考えると、互いの認識が違っていることから衝突し、隔たりがあったり、憎しみや相手を敵視して同時に心傷つく人が出てしまうような事が現実社会では起こる。このようなことは、人と人との人間関係の中でも、国と国との関係の中でも生じている。このような衝突し、隔たりがある相手に対しても一旦自分の主張は脇に置き、その人の立場に立って考えるエンパシーが必要だということではないだろうか。もちろん衝突回避や人を傷つけてしまう前にもエンパシーを働かせることは重要である。
この本の中で「ルーツ・オブ・エンパシー」というプログラムの創始者であるメアリー・ゴードン氏は自分の行為で人を傷つけること以外に気に留めず関心を持たず行動しないことが他者へ与える影響について言及している。「もしも自分の行為が他者に与える影響を想像することができなければ、人は平気で傷つけ合い、互いの精神的健康を損ない合う。さらに、自分が行わない行為(不公正を無視する、リシズムに抗議しない、リサイクルしない)が他者に与える影響を想像できなければ、何もしないことで他者を傷つけることにもなる。私たちには環境問題を解決する科学があったとしても、例えば、見たこともない知らない末端の人々のことを気にしなければ、その科学を生かそうという動機はなくなるでしょう。」これはまさに地球に生きる私たち人間が抱える地球規模で解決しなければならない大きな問題への一人ひとりの意識について問いかけているようである。
日々、日本にとどまらず世界のどこかで起こる問題や事件のニュースを目の当たりにする。そこに映っている人々は知り合いでもなく、もちろん会ったことも名前さえしらない人々だ。「To put yourself in someone’s shoes」の「someone(誰か・他者)」がこのような自分と関わりのない遠い存在であっても目を向けその人たちの状況を想像してみることが解決のためのそしてより良い社会にしていくための大事な一歩に繋がっていくと私は思う。

引用文献・参考文献

・ブレイディみかこ,2021年,「他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ」,文藝春秋,P291
・南山大学人分学部心理人間学科監修 津村俊充・石田祐久編,2010年,「ファシリテーター・トレーニング 自己実現を促す教育ファシリテーターへのアプローチ」,ナカニシヤ出版

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