ColumnTAPコラム

2022.10.31

「令和の日本型学校教育」におけるファシリテーターとしての教師が有する
「集団のパラダイム」について

川本 和孝

TAPセンターの指導スタッフによるコラムを毎月掲載していきます。

はじめに
 世界をパンデミックに巻き込んだ新型コロナウイルス感染症の影響は、とどまることを知らず、現在においても社会や経済のみならず、教育においても多大な影響を及ぼしています。特に、学校におけるこれまでの教育の当たり前は、コロナ禍前とは大きく変化してきてきました。そのような、新型コロナウイルスの感染拡大をはじめとする大きな変化の真っただ中であった2021年に、「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」という答申が、中央教育審議会(以下中教審)から出されました。
 令和の日本型学校教育とは、子供たちの知・徳・体を一体で全人的に教育する「日本型学校教育」の中で捉え直し、それにSociety5.0に対応した「個別最適な学び」、そして「協働的な学び」を令和時代の発展型として位置づけ、大きく「令和の日本型学校教育」として提起したものです。「令和の日本型学校教育」の最大のポイントは、コロナ禍によって露呈した日本の学校教育におけるICT活用の脆弱さをハード面・ソフト面ともに改善することにあり、特にソフト面では、Society5.0と連動させて「個別最適な学び」を推進することです。そして、個別最適な学びが「孤立した学び」に陥らないよう「協働的な学び」も併せて行う点も大きなポイントの一つとなっています1)
 さて、ここで述べられている「ハード面・ソフト面」ということについて、改めて考えてみたいと思います。

令和の日本型学校教育におけるソフト面とハード面の改善
 先に述べた答申における「ハード面の改善」とは、そもそも「GIGAスクール構想」におけるICTのハード面の整備であり、それと合わせて今回の答申において示した「個別最適な学び」の実現に向けて、改めて「ソフト面を改善」していくことが、「ソフト面とハード面ともに改善」の流れです。つまり、GIGAスクール構想において整備されてきたハード面に対し、今度はしっかりと「ソフト面」を強化・改善していこうということです。
 しかし一方で、今回示されている令和の日本型学校教育における「ソフト面とハード面」は、それとは違う捉え方ができると考えています。それは、ICTの活用を含めた新時代の教育手法を含めた「個別最適な学び」を「ソフト面」と捉え、一方でそれを使いこなすことができる学級・学校集団という、「協働的な学び」ができる集団の枠組みを「ハード面」と捉えるということです。
 新型コロナウイルス感染症の感染予防やGIGAスクール構想に伴い、学校教育現場におけるICTの活用が急激に進み、現在では様々な学校教育用の学習アプリも開発されてきています。そのため、学校における学習の方法に関してはこれまでとは考えられないスピードで変化し、今までの「当たり前」がここ数年で大きく変わってきているのです。しかし、一方でそれを使いこなす学校における集団は変化しているのでしょうか。つまり、学校教育現場における学級を中心とした多様な集団は、「個別最適な学び」という変化スピードの著しい「ソフト」に対し、それを使いこなせるだけの(「協働的な学び」を可能とする)集団に、同じようなスピードで変化してきているのか、ということです。
 この関係性ついて、PCに置き換えて考えてみたいと思います。少し懐かしい話をしますが、私が初めて手にしたPCは、1990年代初旬のAPPLE製品でした。その後、1990年代後半に初めてのWindowsを手にしたのですが、PCはまさにフロッピーディスクの最盛期で、OSはWindows98というものでした。さて、この時のPCで現代の最新のOSを起動しようとしたらどうでしょうか。おそらく、OSは起動すらできず、結局Windows98を再インストールすることになると思います。一方で、現代の最新のPCでWindows98というOSを使用したら、仮にOSを起動できたとしても、PCの性能を引き出すことができないでしょう(その前に、起動できないと思いますが・・・)。
 つまり、先の「ソフト」と「ハード」はこのPCの関係性と同じだと考えられるのです。どれだけ新しい教育手法が開発されても、それを起動させることができる学校という集団の進化が無ければ、結果的には古いOSに戻さざるをえないのです。GIGAスクール構想においてハード面が整備されたから、今度はソフト面を整備していく、という簡単な問題ではなく、そもそも著しいスピードで変化・発達してきた学習手法という「ソフト」を使いこなす、学校集団という「ハード」もまた、それを使いこなすだけの変化・発達を遂げてなければならないのです。

集団の見方・考え方とパラダイムシフト
 現行の学習指導要領には、各教科、領域ごとに「見方・考え方」が示されています。その中で、特別活動の見方・考え方は「集団や社会の形成者としての見方・考え方」ということが示されています。「集団や社会の形成者」という表記に関して、ここで改めて説明することはしませんが、私はこの「集団や社会の形成者の見方・考え方」には、「集団の見方・考え方」が必要条件として含まれていると考えています。「集団の見方・考え方」とは、簡潔に言ってしまえば、その人が考える「よい集団とはどんな集団か」、「居心地のよい集団とはどんな集団か」ということです。
 一方、「見方・考え方」は英語で言うと「パラダイム」と訳されますが、パラダイムという言葉を聞いて、「パラダイムシフト」という言葉を連想する人は多いのではないでしょうか。パラダイムシフトとは、「その時代に当然と考えられていた物の見方や考え方が劇的に変化すること」2)を指します。そこから派生して、「定説をくつがえす」「ステレオタイプを捨てる」「革新的なアイデアによって時代を変える」というように、今では広い意味で使われることが多くなっています。つまり、ここで言いたいことは「集団のパラダイム」、言い換えれば、学校教育現場におけるハード面は本当に「パラダイムシフト」してきているかどうか、ということです。個人的には、学校における集団のパラダイムは、ある一定のパラダイムから進化が止まっている、と感じることが多くあります。

組織のパラダイムと教師の集団に対するパラダイム
 集団をパラダイムシフトさせていく上で重要になるのが、教師の「集団のパラダイム」です。ここで、「教師の集団に対するパラダイム」を説明する上で、フレデリック・ラルーが2014年に提唱した「ティール組織」という組織理論を用いてみようと思います。ティール組織では、人類の歴史における組織の進化を、次の7色で表しています3)

無色(グレー)、神秘的(マゼンタ)、衝動型(レッド)、順応型(アンバー)、達成型(オレンジ)、多元型(グリーン)、進化型(ティール)

 その7色のうち、ここでは「衝動型(レッド)」からの5色を取り上げてみますが、それぞれの組織の特色を、学校に置き換えてみると、次のように置き換えられます。

衝動型(レッド)学級:教師による恐怖や力で押さえ込む学級
順応型(アンバー)学級:規則、規律、規範という枠組みを明確化した、階層型の学級
達成型(オレンジ)学級:成果主義・実力主義を中心とした効率的な学級
多元型(グリーン)学級:平等と多様性を重視したボトムアップの自治的な学級
進化型(ティール)学級:セルフマネジメント、全体性、存在目的を重視した進化型学級

※「ティール組織」を元に筆者が作成

 この中でも、現状の教員が持つ集団のパラダイムは、「順応型(アンバー)学級」にとどまっていることが多いと感じます。このパラダイムに属する教員は、「45分間静かに座っていること」ができ、「教科学習に意欲的に取り組み高い成績を出し」、「授業時間外でも率先して授業の予習復習に励み」、「返事の声が大きく、挙手の手が高く」、「素直で、教師の方針を疑わず従順に従う子ども」を重視します。つまり、教師が規定する枠組みの中にいることができる児童・生徒が「いい子」であり、そこからはみ出す児童・生徒は「悪い子」となるのです。また、「うちのクラスの子どもたちは、私がいないとダメなんです」といった言葉を多用するように、児童・生徒に対して、「大人(教師)が管理し統制して育てねばまっとうな大人にならない存在」という見方(パラダイム)を持ちがちです。つまり、児童・生徒を「管理・統制」していくことによって集団を育成していくというパラダイムです。このようにして考えると、教師は上層にパラダイムしていかなければいけないように感じますが、ティール組織の著書には、本来そのようには示されていません。ティール組織とは、そもそも「目指すべき正解でもゴールでもない」とされており、世界に存在するティール組織のほとんどが、「気付いたら最適な形がこれだった」と述べられています3)。つまり、学校もまた「進化型(ティール)学級」が目指す正解でも、ゴールでもないということが言えるわけです。しかし一方で、「個別最適な学び」を実現させるためのソフトは、「進化型(ティール)学級」というハードを前提としている、という点が最も着目すべき点なのです。進化型組織の特徴としては、「学びたい事を(内容)、学びたい時に(時期)、学びたいだけ(量とレベル)、学びたい人から(教師)」、ということが挙げられているのですが、そのため「個別最適な学び」とは、まさに「進化型(ティール)学級」のハードを要しているのです。このように、本来であれば時間をかけて段階的にパラダイムシフトしていくべきハード(集団)に対し、それに伴うソフト(OS)の進化がそれを遙かに飛び越してしまったため、早急なハードの進化が必要になってきてしまった、ということです。

また、ティール組織には以下のような特徴も示されています。

・上層ほど複雑であるが優れているわけではない
・進化は加速できるが、飛び越しはできない
・リーダーのパラダイムを組織は超えられない

 「進化は加速できるが、飛び越しはできない」ということは、上層のパラダイムに位置する教師は、集団がパラダイムシフトしていく過程を、感覚的に理解しているということが考えられます(飛び越しているのではない)。さらに、「リーダーのパラダイムを組織は超えられない」ということは、教室においては学級担任のパラダイムが上限となります。そのため、レッドやアンバーのパラダイムにある教師は、そもそも「自治的」「協働的」な空間を必要としていないことが多いので、そもそも「協働的な学び」を可能とする集団(ハード)が形成できないだけではなく、そもそも「個別最適な学び」という近代的なOS(ソフト)を稼働することは不可能なのです。このようにして考えると、「進化型(ティール)学級」が目指す正解でも、ゴールでもないとは言うものの、やはり学校の集団(ハード)が適切にパラダイムシフトしていかない限り、新しいOSは正しく機能させることができないと考えるわけです。
 ※ちなみに、そうした集団のパラダイムをシフトさせていく上で、TAPという教育手法は非常に有効であると思っています。

おわりに
 2022年の10月に示された「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について(中間まとめ)」では、2021年に示された答申における「令和の日本型学校教育」を担う教師に求められる資質能力を、構造的に再定義する必要性を述べています4)。 

2021年答申が示した教師像
「教職生涯を通じて探究心を持ちつつ自律的かつ継続的に新しい知識・技能を学び続け、子供一人一人の学びを最大限に引き出す教師としての役割を果たしている。その際、子供の主体的な学びを支援する伴走者としての能力も備えている。」4)

 この具体的に必要な資質能力として、「ファシリテーション能力」や 「ICT 活用指導力」等が挙げられています。つまり、ここまで述べてきたような「個別最適な学び」というソフトをより効果的に稼働していくためには、「協働的な学び」を可能とする上層の組織(集団)のパラダイムを有した、ファシリテーターとしての教師が求められてくる、ということです。
 今後TAPにおいては、そうした「子供一人一人の学びを最大限に引き出し」、「子供の主体的な学びを支援する伴走者としての能力」を持ったファシリテーターとしての教師の育成を目指していきたいものです。また、それと共に、近代的なOS(ソフト)を稼働可能な適切な集団(ハード)のパラダイムをシフトしていける、「上層のパラダイムに位置するファシリテーターとしての教師」を育んでいくための一助となりたいと考えています。そのためには、まず我々TAPが、今後も絶えず様々な面においてパラダイムシフトしていく必要性があることを、強く実感している今日この頃です。

【引用・参考文献】

  1. 中央教育審議会 「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)」、 2021年1月
  2. 『精選版 日本国語大辞典』 小学館、2006年
  3. フレデリック・ラルー 『ティール組織』 英治出版、2018年
  4. 中央教育審議会 「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について~『新たな教師の学びの姿』の実現と、多様な専門性を有する質の高い教職員集団の構築~(中間まとめ)」、 2022年10月

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