ColumnTAPコラム

2023.01.27

とある参加者Bさんの姿からアドベンチャープログラムを考える

光川 鷹

TAPセンターの指導スタッフによるコラムを毎月掲載していきます。

とある参加者Aさんがハイチャレンジコースのクライミングウォールを挑戦していた時のことです。Aさんは20分以上挑戦し、疲れの様子も見えてきたが諦める素振りは全く見せません。地上のビレイヤー(安全確保者)は、Aさんが何度も滑落しながらも果敢に挑む姿に勇気をもらい、なんとか力になれないか必死に声をかけ挑戦への支援をしています。すると、次に挑戦を控えていた参加者Bさんが「どこまで頑張りたい?私は挑戦できなくてもいいから、○○ちゃんが満足するまで挑戦してほしいと思っているよ!」と言いました。それに対してAさんは「あのストーンまではどうしても行きたい」と発言。地上のメンバーはそれに賛同し、Aさんは目標を達成することができました。しかしながら、Bさんはこの時間に登ることはできませんでした。
ハイチャレンジコースでは、Bさんのような自身の挑戦を差し置いてチャレンジャーの支援に向かう参加者に出会うことがあります。日本人特有の自己犠牲の精神にも見えますが、そうではないように思います。なぜなら、BさんがAさんの挑戦を何としても達成させてあげたいという想いが行動に表れていたからです。
ここで、ふと考えると、なぜBさんのような行動が引き起こされるのだろうか。このことについて、Bさんの個性と断定するには早計であろうし、様々な要因が複雑に絡まっていると考えられます。振り返りでは、「Aさんの挑戦に影響を受けた」と語っていました。BさんはAさんの挑戦する姿や疲労感を想像し、これまでの日常生活での苦労や積み上げてきた体験の様子が重なり、挑戦を諦めてほしくないという願望に変わったと推測できるかもしれません。(個人的な見解にすぎませんが)
このように考えると、BさんはAさんの挑戦に共感し、相手のための行動を引き起こしたと言えるのではないだろうか。そこで、Bさんの行動要因であろう「共感」について考えてみたいと思います。共感という人間が生きていくなかで欠かせない感覚が、如何なるものであるか知り、Bさんの行動を検討する糸口になると考えたからです。

一般的に共感は他者と自分の感情や価値観、考え方などの感覚を共有すること、と言われますが、人によって共感に対するイメージは異なります。例えば、他者の経験を自分の体験と結びつけて理解する、や自分の世界から他者を覗き込むなど、様々です。いずれにせよ、相手の立場を理解しようとする働きであることに変わりません。人間は共感によってよりよい人間関係を築くだけではなく、共に生きているという実感を得ることができます。時には、不安で満ちた場面での苦しみを和らげ、手助けする利他的行動に結びつきやすくなります。一方で、現代は共感を求める社会であるがゆえに「反共感論」という見解や過度な共感による「共感疲労」といった問題があることも事実です。
共感には大きく分けて情動的共感と認知的共感の2種類があるとされています。まず、情動的共感とは「相手と同じ感情であると感じる共感」1)を指し、心理学では「情動伝染」(乳幼児が泣いている子を見て泣いてしまうなど)、神経科学では「ミラーニューロン」(他者の情動理解を可能にする神経細胞)など他分野でも注目されています。次に、認知的共感は「相手と同じ考え方、感受性、価値観であると感じる共感」2)のことを言います。感情の同一化は起こらないにせよ、自分と同じものを持っていると認識しているということです。単純な共通項が合致した際に生じるものではなく、その事象から相手の価値観や考え方への理解が必要となります。この2種類の共感において、山竹(2022)は成長と共にどのように展開されるのか、以下の図を用いて説明しています。3)(図1)

図1.共感の質の発達

赤ちゃんに生じる共感は、情動伝染によるもので自己と他者が未分化な段階であり、相手の感情と自分の感情が混同している状態を意味します。やがて、自己が少しずつ確立されていき他者意識が芽生えると、自他の感情を区別できるようになります。この段階でもって共感が生じるのです。そして、言葉の発達と共に意味を理解するようになり、相手の感情を想像・推論できる認知的共感が可能となります。この3つの段階の中でも、特に自他の分離(自己了解)が重要となります。なぜなら、他者の激しい感情の渦に巻き込まれない適切な対応には、自分自身を客観視し、相手と自分の感情を区別することが求められるからです。
また、ジャミール・ザキ(2021)は共感における3つの側面について「共有する(情動的共感)・考える(認知的共感)・配慮する(動機的共感)」4)と分類し、先述した二つの共感に加えて動機的共感を示している。このジャミールの分類とアドベンチャープログラムにおける感情・行動・認知のアプローチ5)はその捉え方に類似性の高さが感じられます。
さらに、フランス・ドゥ・ヴァール(2010)は、人間の共感の発達と同様に動物においても進化の過程があるとマトリョーシカを用いて説明しています。6)(図2)

図2.マトリョーシカモデル

まず、相手と自分の感情が未分化であり、同じ感情が生じる情動伝染の段階です。先述した赤ちゃんと同様の状態と言えます。その次に「他者への気遣い」が生じる段階で、慰めなどの他者を意識し始めることを意味します。他者の立場に立っているわけではなく、自分も癒されたいなどの自分中心に考えていると言えます。最後に「視点取得」の段階に至り、対象に合わせた援助を行います。他者の状況を把握し、それに見合った具体的な手段や手助けが可能となります。さらに、共感の進化について「この能力が運動の模倣や情動伝染とともに、遠い昔に発達し、その後の進化によって次々に新たな層が加えられ、ついに私たちの祖先は他者が感じることを感じるばかりか、他者が何を望んだり必要としたりしているかを理解するまでになったのだ。」7)と主張し、共感が古くから受け継がれてきた核となる特性であることをマトリョーシカによって見事に表現しているのです。
 このようなことを踏まえると、共感においては自他未分化な段階から自分と他者を区分(自己了解)して、相手の感情を理解し、視点取得することで手助けが可能となることが分かります。また、2つの図に共通して言えるのは、いずれも情動的共感が生じた後に認知的共感が生じていると考えられます。さらに、共感の歴史上、他者への思いやりのある行動は人類における普遍的な特性であるのです。

これらのことを踏まえて、Bさんの共感について考えると、振り返りのなかで「Aさんに影響を受けた」と語る、影響には情動的共感と認知的共感の2側面があったのではないかと考えます。情動的共感に関しては、まさしくAさんの挑戦への姿勢であり、それがきっかけとなり、Bさんが相手の感情を理解した(認知的共感)うえで「諦めないでほしい」という発言に結び付いたと言えるのではないだろうか。また、もしかするとAさんが達成できたのは、Bさんの発言から認知的共感が生まれ、達成への活力が湧き上がったから、なのかもしれません。さらに、ハイチャレンジコースのもつ特性が共感を生む、要素を十分に兼ね備えていることがよく分かってきたように思います。今一度、尊敬の念と感謝をしながら教育に貢献していきたいと考えています。
最後に、Bさんの姿に始まり、共感について考えてきましたが、これまで積み上げられてきた共感の分厚い層に人類がいるとするならば、より高い共感力を活かした協調的な世界を目指していくことは使命なのかもしれません。また、共感がもたらす恩恵を多大に受けているアドベンチャープログラムはその一躍を担う存在であると言えるでしょう。私は「共感」を最初のマトリョーシカに置いてファシリテーターとして歩みたいと思います。あくまでも憶測の話にすぎないにも関わらず、ここまで読んでいただいたことには感謝しかありません。何かお役に立てることがありましたら幸いです。

引用文献

1)山竹伸二『共感の正体 つながりを生むのか、苦しみをもたらすのか』河出書房新社、2022年、p.97
2)前掲書1)p.98
3)前掲書1)p.105
4)ジャミール・ザキ、上原裕美子訳『スタンフォード大学の共感の授業 人生を変える「思いやる力」の研究』ダイヤモンド社、2021年、p.305
5)Dick Prouty, Jim Schoel, Paul Radcliff著、プロジェクトアドベンチャージャパン訳『アドベンチャーグループカウンセリングの実践』株式会社みくに出版、1997年、p.25
6)フランス・ドゥ・ヴァール、柴田裕之訳『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること』紀伊国屋書店、2010年、p.293
7)前掲書6)p.293

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