ColumnTAPコラム

2026.01.23

気づきから学びへの変換における事実認知の重要性
―シングルループ学習からダブルループ学習への転換を阻む要因の検討―

川本 和孝

TAPセンターの指導スタッフによるコラムを毎月掲載していきます。

「振り返ったつもり」を超えるために

近年、教育実践や大学教育の場において、「振り返り」や「気づき」の重要性が強く意識されるようになってきました。しかし現場では、「気づいたつもり」「振り返ったつもり」にとどまり、学びが次の実践へと十分につながらないケースも少なくありません。こうした状況を学習理論の観点から整理すると、シングルループ学習とダブルループ学習の違いを十分に踏まえないまま、振り返りが設計・運用されている可能性が見えてきます。

Argyris & Schon(1978)によれば、シングルループ学習とは、既存の目標や価値、前提を問い直さないまま、行動や方法を調整して問題解決を図る学習のあり方を指します。一方で、ダブルループ学習は、行動を支えている前提や価値、目標そのものを問い直し、認識の枠組みを組み替える学習です。つまり、「うまくいかなかった」「次はどうすればよいか」といった問いは、行動改善を促すうえで有効ではあるものの、基本的にはシングルループ学習の範囲にとどまる問いであると言えます。

こうした課題意識を踏まえ、川本(2025)はKolbの経験学習サイクルを理論的基盤として、気づきを学びへと構造化するための「6段階の振り返りモデル」を提唱しています。このモデルは、経験から生じた気づきを段階的に整理し、次の実践へと接続していくための省察過程を示したものです。単に出来事を振り返るのではなく、「どのように振り返れば学びが生まれるのか」を具体的な手順として可視化している点に特徴があります。

6段階の振り返りモデル

第1段階:事実の切り取り
出来事を評価や感情から切り離し、行動や発言などの事実を具体的に切り取ります。

第2段階:気づきの言語化
その事実に対して生じた違和感や納得感などの気づきを言葉にします。

第3段階:意味づけ(Whyの深化)
なぜそのように感じたのかを問い、背景や要因を探りながら意味づけを行います。

第4段階:一般化・概念化
個別の経験を他の場面にも適用できる形に整理し、行為を支えていた前提や価値観を相対化します。この段階で学習は、行動修正にとどまるシングルループから、前提そのものを問い直すダブルループへと移行していきます。

第5段階:仮説化
得られた学びを、自己の特性や可能性として仮説化します。

第6段階:実践への接続
仮説化した内容を、今後の具体的な行動や実践へとつなげます。

この6段階の振り返りモデルにおいて、シングルループ学習とダブルループ学習の分岐点は、第3段階と第4段階に位置づけられます。第3段階の意味づけ(Why)は、出来事の原因や背景を探る段階であり、シングルループとダブルループの境界領域として機能します。ただし、この段階が「今回はたまたま〇〇だった」「この集団だったから仕方がない」といった状況依存的な説明にとどまる場合、学習は行動修正の範囲に収まり、シングルループから抜け出しにくくなります。

一方で、第4段階の一般化・概念化において、「そもそも自分は何を『うまくいった状態』と捉えていたのか」「その前提は妥当だったのか」といった問いが立ち上がったとき、はじめてダブルループ学習が生起します。つまり、出来事の背景を説明するだけでなく、出来事を見ている自分自身の“見方”や“価値判断の基準”にまで視点を移せるかどうかが、学びの質を大きく左右するのです。

しかし、大学生の振り返り実践を観察すると、そもそも第1段階である「事実の切り取り」において、主観と事実を十分に切り分けられないケースが多く見られます。たとえば「雰囲気がよかった」「楽しそうだった」といった表現は頻出しますが、その背景にある具体的な行動や発話、状況の記述が伴わないことが少なくありません。このような記述は、一見すると出来事を説明しているようでありながら、実際には出来事に対する評価や印象を述べているにすぎず、事実認知としては曖昧になりやすいのです。

『ヤバい』『ウケる』の先へ -言語化されない経験が学びを止めるときー

この背景には、現代の若者文化に見られる特徴的な言語使用の傾向が関係している可能性があります。たとえば、「ヤバい」「ウケる」といった表現は、同じ場に居合わせた者同士が即時的に感情を共有するための便利な言葉として機能しています。その一方で、これらの言葉は、なぜ「ヤバい」のか、何が「ウケた」のかといった意味内容や文脈を具体的に言語化することを必ずしも要求しません。その結果、発話の背後にある行動や状況、関係性が十分に意識化されないまま、「分かり合えた感じ」だけが先行する構造が生まれやすくなります。

このような表層的な同調が繰り返されると、「雰囲気がいい」「場が盛り上がっている」といった主観的評価が、検証されないまま事実のように扱われることがあります。さらに、「普通に見たらそうである」「みんなそう感じているはずだ」といった暗黙の前提が形成され、それが問い直されないまま共有されていくことになります。この時点で出来事の理解は特定の解釈に固定され、別の見方や異なる意味づけが入り込む余地が小さくなってしまいます。

また、この状態で「推論のはしご」※1)を用いて振り返りを行おうとしても、最下段に位置づけられるべき「観察された事実」が十分に確保されていないため、はしごを降りた先に現れるのは客観的事実ではなく、「事実だと信じ込まれた主観的解釈」にとどまってしまいます。その結果、振り返りは再び同じ評価や印象へと戻る循環を生み、解釈の枠組みそのものが揺さぶられることは起こりにくくなります。

さらにこの循環構造は、自己の見方を補強する情報のみを選択的に取り込む「確認バイアス」※2)を強め、学習をシングルループの水準に留め続ける要因にもなります。したがって、ダブルループ学習への転換を目指す振り返りにおいては、「推論のはしごを降りる」以前に、そもそも降り立つべき地盤としての事実が、具体的かつ共有可能な形で認知されているかを問い直す必要があります。

たとえば、「誰が」「いつ」「どこで」「どのような行動や発話をしたのか」という水準まで立ち返ることによって、主観的評価や暗黙の前提を相対化するための足場が成立します。つまり、事実を丁寧に確保することは、単なる記述の訓練ではなく、学びの質を変えるための前提条件だと言えるでしょう。

以上を踏まえると、ダブルループ学習への転換を可能にするためには、第4段階の一般化・概念化以前に、第1段階における事実認知を徹底することが不可欠です。主観的評価や感想をいったん括弧に入れ、出来事を「具体的な事実」として捉え直すことこそが、前提や価値を問い直すための確かな土台となります。事実の認知なくして、前提の再検討は成立しません。

気づきを学びへと変換するとは、単に「よく考える」ことだけを指すのではありません。むしろ、「自分は何を事実として捉えているのか」という認知の出発点を正確に整えることが重要です。振り返りの質を高めるとは、思考を深める以前に、観察と記述の精度を高めることから始まるのだと言えます。

【注釈】

※1 推論のはしご(Ladder of Inference)とは、観察された事実の一部を選び取り、意味づけ・解釈を重ねて結論に至る認知のプロセスを指します(Argyris, 1990)。振り返りでは、結論からではなく「観察された事実」に立ち返ることが重要になります。

※2 確認バイアスとは、自分がすでに信じている考えや印象に合う情報ばかりを集め、反対の情報を見落としやすくなる心理的傾向のことです。その結果、思い込みが強まり、別の見方を検討しにくくなることがあります。

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